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宙空日記

tyuku.exblog.jp

しめっぽい話。たまにはいいでしょう。

色々な理由があってここには書くことが無かったのですが…。



我が家の猫、「エマ」がほとんど急な状態で息を引き取りました。
享年8歳でした。

先々月の末に祖父が倒れたあたりからでした。急に体調を崩したエマは1週間ちょっとで急激に痩せて助ける間もなく亡くなりました。

猫は苦しいと感じると恐れを感じて身を隠すといいます。それを現すように弱っていたエマも、私たちが家を留守にしている間は近所の林に身を隠していました。家に帰ってきた私が姿の見えないエマの名を呼ぶと、林の中から助けを求めるように必死に歩いて私の元へ向かってくる姿はとても小さかったです。それもそのはずで、既にその時3キロ強あった体重も2キロ弱まで体重が落ち込んでいました。連続して襲ってくる吐き気のせいで水すら飲みたくても飲めない状態になっていたのです。それでもなんとか飲ませてやろうと挑戦してみましたが必死に抵抗されてしまい、私の腕に爪の痕が残りました。その時が覚悟を決める一瞬となったのは忘れられません。
徐々に姿を隠すために林へ向かう体力も無くなったエマは自分の小屋から動かなくなりました。
そして、4月11日のことです。朝、まだ呼吸していることを確認して一言かけてから学校へ行って帰ってきました。帰ってきてエマの状態を確認すると呼吸は弱々しく、こちらからの問いかけにも応えることはありませんでした。最後に声を聞いたのは前日の夜で、母と二人で話しかけると必死で悲鳴のような声で答えてくれました。
そして、11日の夜19時23分。まだまだ若い小さな家族が天に召されることとなりました。
結局、祖父のことで忙しく病院に連れて行ってやることができなかったことがものすごく悔やまれました。もしそのとき自分が働いていて、病院に連れて行ってやれればと思うと自分が恨めしく思えます。
ですが、最後までエマは私たち家族を信じて何度姿を隠しても何度も戻ってきてくれました。それが悲しくもあり、とても嬉しく感じます。

死因は後で調べてみたところ似た病状は「慢性腎不全」という不治の病だったようです。もしくはそれで無ければ何かしらの毒だと思われます。急激に痩せ始めるまでは元気だったので水の飲む量が多くなるなどの兆候を見逃してしまったようです。



エマとの出会いは私が14歳の時でした。ビニールハウスに通う三毛猫がいる。そう気づいた一番上の姉が私に言いました。
大よその予想はついていました。当時から我が家は近所の猫が子猫を産んですぐに育てるのに適した場所だったからです。
そして、その時に出会った子猫4匹のうちの一匹がエマでした。運動神経抜群、声は可愛い、狩りの天才そして頭脳明晰だったのですが、難点としてきょうだい1の不細工。母や姉と一緒に不細工と納得した思い出があります。
父親は分かっていました。半野良で家を留守にすることが多かった我が家の雄猫。それがエマの父親であることは間違いありませんでした。
そして母親の三毛猫も合わせて6匹の猫が我が家で飼われることになりました。月日がたつにつれて隠居していた父親は老衰でなくなり、エマのきょうだいは3匹とも行方不明になりエマだけが家に残りました。母親は元々実家があり、気づくと実家に帰っていました。たまに顔を見せては帰っていくので母親も我が家が気に入っていたのでしょう。

不細工であることは関係無しに愛情をたくさん注いでエマと暮しました。短大に行っていた時は割と離れている時間もありましたが、それでも忘れずに私に擦り寄ってきてくれました。
ジャガイモ畑からでっかいネズミを取ってきて私にくれたり、雪かきしているときに寂しがって雪に飛び込んで冷たくてびっくりしたりと楽しい思い出もたくさんあります。絶対に忘れることはないと思います。
突然で、早すぎる別れではありましたがたくさんの思い出をくれたエマには感謝すると共に。彼女の冥福を祈ります。
願わくばまたいつか会えることを想って。
by carakon7144 | 2007-05-28 21:11 | 報告
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