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宙空日記

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お疲れ様でした。そして、ありがとう。

今日、午前10時50分。今年の3月末よりパーキンソン病により寝たきりになっていた祖父が息を引き取りました。
ちょうどこの時間。私は母から老人ホームにいる祖父の様子を見てくるようにと頼まれ、車にガソリンを入れようとGSへ向かっているところでした。このとき既に兆候が見えていたのかも知れません。何とも言えない感覚と眩暈に襲われました。すぐに治まったのですがそれから20分後のことです。先にホームへ向かっていた姉より連絡が入りました。
祖父がなくなったとのことでした。

以前このブログでも愚痴のように祖父が倒れたことについて書いたこともあり、心配してくださった方もいたことを心より感謝しております。

今を思い起こせば祖父は私の原点とも言える人でした。共働きの両親に代わり相手をしてもらっていたのでいつも畑作業や養蚕に携わる祖父のあとおぼつかない足で追っかけていたのを覚えています。
そして、その祖父の趣味が投網を使って魚を採ることでした。私の釣りの原点はここにあると今でも思い出すことができます。祖父が網で採った魚を私がはずしバケツに入れる。これだけの作業が私の生きている魚に対しての好奇心を持つきっかけです。
今でこそ私は祖父とは違い釣りに興味を持って、趣味になっています。
祖父がパーキンソン病を患ったのが今から12年前のことでした。普通の患者とは違い進行はゆっくりだったために、その頃は子供の足には遠い小学校の送り迎えなどをしてもらっていました。
その頃、初めて祖父と釣りに行きました。小学校5年生の頃です。祖父は目の前で大きなナマズを釣り上げてくれました。
「じーちゃん!すごい!」
と喜びと驚きの声を上げていたのを覚えています。

そういう思いでも束の間でした。やはり病気の進行はゆっくりでもちゃくちゃくと進んでいました。
私が中学校の時まではできていた車の運転もままならなくなり、私が高校生になる頃にはほとんど運転できない状態になりました。更には急激に力も衰え私がらくらく持ち上げられるような物も苦労するほどになっていました。
私が高校を卒業すると立って歩くこともやっととなり、短大に通っている頃は車の免許を取った私が姉と代わる代わる食料品などの買い物をするようになり、今年の3月に意識不明の状態でこたつの中で寝ているのを発見しました。その時は辛うじて命を取り留めたものの体はボロボロで立って歩くこともかなわず、物を飲み込むことも苦労するほどになりました。その後病院や老人ホームを入退院の繰り返しで今に至ります。

最後は肺炎を繰りかしえていたせいか、片方の肺がダメになりそれから呼吸器などをつけていたようですが限界だったようで意識がなくなってからはゆっくりとそのまま苦しまず逝ったとのことです。

今日は、快晴のとても良い天気でした。祖父が天に召されたこの日が快晴でよかったと思います。曇りや雨など悪天候に見舞われることなくいけるのは幸せなことではないでしょうか?

私にとっての祖父は尊敬すべきところ明らかに見直すべきところを持った人でした。ですが、私の原点たる人であることには間違いはありません。
75歳という若年ではありましたが、私にとっては長い生涯を生き病気に悩まされながらも元気でい続けた祖父にお疲れ様という言葉を送りたいと思います。
そしてありがとう、と…。
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by carakon7144 | 2007-11-30 23:07 | 日記
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